大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)67号 判決 1974年6月18日

原告

豊田コンクリート株式会社

右代表者

西田赫

右訴訟代理人弁護士

原増司

外二名

同弁理士

三宅宏

外一名

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

染谷広司

外二名

補助参加人

日本プレハブ建築株式会社

右代表者

鈴木章夫

右訴訟代理人

長畑裕三

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告は「特許庁が昭和四三年三月二一日、同庁昭和四二年審判第三五八一号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一、本件の特許庁における手続の経緯

原告は昭和三六年一月二三日名称を「壁式建造物の構築装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願したところ、昭和三九年四月一〇日出願公告がなされたが、同年六月一〇日補助参加人から特許異議の申立があり、昭和四二年三月三日拒絶査定を受けたので、同年五月一七日特許庁に対し審判を請求した(同年審判第三五八一号)。特許庁はこれに対し、昭和四三年三月二一日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年四月二四日原告に送達された。

二、本願発明の要旨

鉄筋コンクリート等の成型板で作つた壁板と床板を主体とし、之等両板には、その周縁にそれぞれ突出条を形成すると共に該部にボルト挿通用の縦孔または横孔を設け、さらにこの孔の施設部分には特に主筋と一体的に結合した補強部材を埋設し、そして壁板と基礎との結合は基礎ボルトを壁板下端の縦孔に挿入締着して結合し、左右壁板は上記補強部材に係合するようにして隣接横孔間を挿通したボルトで結合し、さらに壁体と床板とは一枚の床板が隣接する二枚の壁板に誇るようにして壁板上端面に直接床板の突出条を載置して両者の縦孔間を挿通した特に中間に係合部を備えたボルトで、また床板と床板とは隣接横孔を通じて挿通したボルトによつてそれぞれ締着するようにして成型板体のみでボルト締めによつて構成することを特徴とする壁式建造物の構築装置。

三、審決理由の要点

本願発明の要旨は前項掲記のとおりである。

東京都世田谷区弦巻町所在の日本住宅公団職員住宅トヨライトハウスは、本願発明を実施して建築された建物である。

証人Tの証人尋問調書と日本住宅公団調査研究委託契約書によれば次の事実が認められる。本件住宅は昭和三五年三月三一日日本住宅公団(以下「公団」という。)と原告との間に締結された、期間を同年八月三一日までとする調査研究委託契約に基づく試作研究として原告が建築したものであり、現在は公団の所有である。この試作研究はおそくとも同年八月三一日までに完了し、それと同時に本件住宅は原告から公団に引渡され、その頃から公団の職員住宅として使用されている。

そして、前記契約期間内の試作研究がたとえ公然実施に該当しないとしても、試作研究完了後における本件住宅の使用は、明らかに公然実施に該当する。

したがつて、本願発明は、特許法第二九条第一項第二号に該当し、特許を受けることができない。<以下省略>

理由

一本件の特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二本件住宅が本願発明を実施して建築された建物であることは当事者間に争いがないところ、この事実と<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

本願発明の発明者西田赫からその特許を受ける権利を譲り受けた原告が本願発明を業として実施するには、本願発明を実施して建築する建物が特殊の建築材料または構造方法を用いる建築物であるため、建築基準法第三八条により建設大臣の認定を受けなければならなかつた。そして、そのためには、建物の実物を試作し、これについて構造耐力等に関する試験を行つたうえ、社団法人日本不燃建築協会の認定を受ける必要があつた。一方、公団においても、本願発明を実施して建築する建物を公団住宅用として採用するか否かを決定するために、その建物の実物を試作し、その構造耐力等の試験結果に関する資料を入手する必要があつた。そこで、原告と公団は昭和三五年三月三一日次の内容の調査研究委託契約と称する契約を締結した。

(1)  原告は東京都世田谷区弦巻四丁目二四番一九号所在の公団所有地に本願発明の構築装置を用いてテラスハウス二戸建一棟延94.18平方メートル(本件住宅)を建築し、これを同年八月三一日までに公団に引渡し、所有権を譲渡する。

(2)  原告は本件住宅について構造耐力等の試験、工法および居住性の検討(以下「試験等」という。)を行い、その結果得た資料を同日までに公団に提供する。

(3)  公団は原告に対し研究費用として金二二〇万円を支払う。

原告はこの契約に基づき本件住宅を建築し、建設省建築研究所に依頼して必要な試験等を行つたうえ、その結果得た資料を公団に提供し、同年九月一日本件住宅を公団に引渡し、その所有権を譲渡した。公団はその頃から本件住宅を職員住宅として使用している。そして、公団は本件住宅の譲渡、引渡を受ける前、原告から本願発明の内容につき詳細な説明を受け、これをよく知つていた(公団が原告から本件住宅の譲渡、引渡を受け、これを職員住宅として使用していること、本願発明の内容をよく知つていたことは、当事者間に争いがない。)。

三前認定の事実を前提として考えるとき、本願発明が公然知られ、または公然実施されたと認めるには、公団が原告に対する関係で秘密を守る義務を負つていない場合でなければならない。そこで、公団が秘密を守る義務を負つていたか否かについて判断する。

発明の共同研究者、研究補助者、発明完成後の効果の試験に関与した者等(以下「共同研究者等」という。)が発明の内容を知つていても、その発明が原則として公然知られ、または公然実施されたといえないことは、原告主張のとおりである。しかし、これは、原告主張のように共同研究者等がその発明と特定の関係にあることから直ちに生ずる効果ではなく、共同研究者等が多くの場合発明者または発明者から特許を受ける権利を譲り受けた者との法律関係に基づき、契約上または信義則上発明者に対する関係で発明の内容を第三者に対し秘密にすべき義務を負うからである。そして、この秘密を守る義務は永久に継続するわけではなく、共同研究者等と発明者との間の法律関係に変動があれば、それに伴つて消滅することもあり得るといわなければならない。

これを本件についてみると、前記契約の成立により、原告および公団は、特段の合意がなくても、契約の目的を達成するため相互に協力すべき義務を負つたことは信義則上当然である。したがつて、前認定の事実によれば、原告は公団に対し本願発明の内容を開示すべき信義則上の義務があつたことが明らかである。そして、原告が本願発明の内容を秘密にする意思がなかつたことを認めるに足りる証拠のない本件では、公団は原告から開示を受けた本願発明の内容につき秘密を守るべき信義則上の義務を負つていたと認められる。

しかしながら、前認定の事実によれば、原告が試験等の結果得た資料を公団に提供し、本件住宅を公団に引渡しその所有権を譲渡したことにより、前記契約の目的は達成され、公団と原告との信義則上の協力関係は終了したものと認めなければならない。原告は、公団は本件住宅の譲渡を受けた後も、前記契約に基づく研究内容の一である居住性の検討のために、その職員をこれに居住させている、と主張する。しかし、公団が前記契約に基づく協力義務の履行として本件住宅を職員住宅として使用していることを認めるに足りる証拠は何もないから、原告のこの主張は採用の限りではない。そうだとすると、公団の前記秘密を守る義務は、この協力関係の終了とともに消滅したものと認めるのが相当である。

四以上のとおり、本願発明の内容を知悉している公団が本件住宅の所有権を取得し、秘密を守る義務を負わずに使用を開始したのであるから、本願発明はそれ以後不特定の第三者がその内容を知ることのできる状態にあつたといわなければならない。けだし、それ以後は公団は部外者から照会があれば本件住宅の構造ないし構築法を説明することができ、それについて原告から異議を唱えられる筋合にはないからである。また第三者が本願発明を知るには公団から説明を受ければよく、あえて本件建物を破壊してその構造を探索する必要もない。したがつて、本願発明は、原告のその余の主張について判断するまでもなく、前認定の本件住宅の譲渡および使用により、公然実施されたものであることが明らかである。

よつて、審決の結論は正当であり、原告主張の違法はない。

五なお、原告は、このような結論は出願人である原告にとつて著しく酷であると主張する。しかし、原告が本件住宅を公団に譲渡した昭和三五年九月一日より前に本願発明につき特許出願することを妨げるべき事情があつたと認めるに足りる証拠はない。また、原告としては、本件住宅の構造耐力等の試験を特許法第三〇条第一項の試験に該当する旨主張して、同年九月一日から六月以内に同条第四項所定の手続に従い特許出願することも可能であつたと考えられるところ、原告が特許法第三〇条第一項、第四項所定の手続をとらなかつたことは、弁論の全趣旨により明らかである。したがつて、原告のこの主張は理由がない。

六よつて、原告の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 瀧川叡一 宇野栄一郎)

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